自転車で宍道湖を1周したあの夏

4年前の夏のこと。

 

夏休み、お盆にもかかわらず、僕は実家に帰らず、一人暮らしのアパートでその暑い日々を過ごしていた。

 

僕は実家に帰るのがそこまで前向きになれず、また、一人でいるのが好きだから、その夏休みはアパートに残ったのだ。いまも実家にそんなに帰らない。

 

一人でアパートにいる。だからといって、特に何をすることもなく予定もなかったので、ふと、宍道湖を自転車で一周してみようと思った。宍道湖とは島根にある湖だ。

 

 

夜の24時に家を出発した。

8月14日の24時。15日の0時だ。

なんとなく、夜がいいだろう、それも車や人ができるだけ少ないほうがいいだろうと思ってのことだった。

 

外は真っ暗だ。夜だから気温はそこまで高くはないが、なんとなくムシムシした感じがする。風がぬるい。

 

どういけば一周できるのか、事前に道をそこまで調べなかった。

湖に沿っていけば、まぁなんとか一周できるだろうと思っていた。どのくらい時間がかかろうとも、どうせ明日も休みだし。

 そういう軽い気持ちでスタートしたわけである。

 

道もわかりやすいだろうと思っていたのだが、そういう甘い考えはだいたいよくない。湖に沿った道が必ずしも存在するなんて決して思うものではない。

 

暗い道で、なかなか車も通らない道中、進む道は明るい道とははっきり見違えるくらいに違う。

道だけに、見違えるほど昼と夜では違うのだ。

 

行きと帰りで同じ道を通っていても、景色がまったく異なり、昼と夜でもまったく見えるものが違ってくる。

 

湖に沿っていけばいいと思っていたのだが、必ずしも湖のそばに道があるわけではないから、湖を目印に、そこから出来るだけ離れないように、なんとか自転車で通れる道をどうにかこうにかして選びつつ進んだ。

 

途中少し道を外れてしまい、湖からかなり離れてしまっていたのに気づき、折り返したりしながら、なんとか自転車をこぎ続けた。

 

 

 

途中コンビニがあり、そこで飲み物を買った。お腹が冷えたのか、トイレに少しばかりこもることになった。ちょっと休憩できたのでよしとしよう。

 

僕は怖がりだ。暗い道をひとりでいくのはどうも怖い。ホラー映画は観れない。

途中お墓なんかも見えたりして、正直なところ、怯えたし、ゾッとしたりもした。

あの時の感覚は今でも覚えている。なまぬるい空気に少し冷たい空気が混ざる。ザワッとする。

 

 

夜道にひとりで自転車を漕ぎ続けるというのは、孤独だけど、そこにはどこか無敵の強さを身体にまとったような感じもあった。

 

夜に自転車を飛ばすというのは、とてつもなく気持ちが良いものだ。

とにかく夢中で前だけをみる。後ろは見れない。

 

通ったことのない、もうよくわからない道を湖を起点にこぎ続けていると、ふと見覚えのある道へ出た。以前通ったことのある道へ出たのだ。

もう湖一周の半分はゆうに超えていて、終盤にさしかかっているのがわかった。

 

一度でも通った道をなんとなく覚えていて、その道を進むときはどこか安心感があった。この道を行けばあそこに出るぞと頭で想像し、確信しながら進んだ。

 

周りがじんわりと明かりを帯びてきた。暗さを知っていると、明るさに敏感になる。暗さがわかるっていないと、明るさはわからない。

 

想像していた道にでた。もうかなり明るくなっていた。

疲労は確かにあったけど、やり遂げた感じがあった。素敵な疲れとはこのことだ。

 

だいたい4時か5時くらいに家に着いた。

すぐシャワーを浴びて、ベッドに寝転んだ。あっという間のできごとだった。

 

 

楽しかったとは正直言えない。楽しんではいない。

終わってみればあっという間の出来事で、何かの作業の感じだ。宍道湖を一周するという作業である。孤独な作業だ。

ただ、孤独な作業はとてもいいものなのだ。孤独な作業こそが人を輝かせるのだ。

 

 

 たびたび僕はこの宍道湖一周した夏を思い出すのだろうと、そう思う。

 

またこの夏、あらためて宍道湖を一周でもしてみようか。