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優しさは人を傷つける

優しさは人を傷つける。

 

いま『愛がなんだ』という映画を観に行きたくてたまらない気持ちでいる。近くでやってたら行くのだが、近くではやってない。地方のつらさだ。どうしても観に行きたいのなら遠くても行けばいいんだけどね。

どうしてそこまで観たいのかわからないが、まわりの反応は結構いいみたい。だから観てみたい。

 

 

僕は愛がなんだかよくわからない。愛について語ることは到底できないし、そもそも語ることのできる人はそんなにいないんじゃないかと思う。

 

 

優しさってなんだ

 

優しさも愛と同様に何かよくわからない。ほんのりわかっている部分はあるけど、それは見せかけの理解だったりする。

だけど、最近ちょっと優しさについて気づかされたので、それについて少し書く。わからないが、わからないなりに、書く。

愛については残念ながらちょっと考える機会がない。でも、愛と優しさっていうのは案外近いもんがありそうだ。

 

 

僕に対して、優しいね、と言ってくれる人がいる。

 

 

優しいと言われて嬉しくない人はいないであろう。

 

好きなタイプと聞かれて「優しい人」と答える女子は多い(多いと思っている)。

 

優しいは良いこととして一般的にとらえられている。僕はいままで優しいを良いこととしてとらえてきた。

 

人助けや人に気遣いをする人は優しいし、それをすることはいいことである。

何かをプレゼントしたりすると優しいねと言われたりする。何かをプレゼントすることはいいことである。

 

でも、本当にそうであろうか。優しいことと言える行動や言葉って、すべてが良いことであると言えるのであろうか。その優しさってまわりが決めるものなのだろうか。

 

これは人助けや人への気遣い、プレゼントを全面的に否定している訳ではない。

 

 

優しさの暴力なるものが存在すると思う。

優しさはときに人を傷つける。自分では優しいことだと思っていても、相手はそれを優しさであると受け止めていないことがあるし、優しさだと思っていないことがある。

 

優しさを拒否されたらすっと手を引くことが大切だ。

 

優しさを押し付けられた経験は誰しも持っているのではなかろうか。それは本当に優しさだっただろうか。

 

優しさは結局他人のためであるように見えて、本当のところは自分のためにやっているものだ。

 

優しさは外から見ると人のためにやっているように見えるから、周りは勘違いする。あの人はいいことをしているのだなと周りは感じる。

 

でも、その行動が優しいか優しくないかは周りが決めることではない。受け取り側が決めることだ。

 

優しくされたい側は、あなたが優しいと思っている行動をしてほしいのではなく、自分にとって優しいと思える行動をとってほしいのだ。

 

なんと優しさの複雑なことか。

なんと人間関係の難しいことか。

 

それでも人と関わることを、人に優しくすることを、諦めてはいけないよなあと思う。

 

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もうこのテーマはいろんな人が語っているだろうけど、優しさって難しいね。