自分自身について語る時に僕の語ること〜第2章〜

僕は自分自身というものがはっきりいってよくわからない。

理解できていない。理解していない。自分は勝手に変なことをしだすし、変なことを言ったりする。よくわからない人間だ。

自分について分かっていることなど、分かっていないことに比べたら、かなり少ないような気がする。そんな自分のこともよくわからない自分は多分、いや絶対他人のことなんてわからないだろう。なんて、そんなことを考えたりしている。

ただ、わかろうとすることを諦めたくはない。それは自分自身にしても、他人にしてもだ。

 

だから僕はこうしてブログを書いてなんとか自分を見つけ出そうと、自分を曝け出そうと、自分を理解しようとしている。実際のところそれがうまくいっているかどうかはよくわからないが、それがわかればいいと思っているし、わかりたい、わかりあいたい。

 

 

 

僕は、結構顔に出やすいタイプだと思う。にやけたり、笑ってしまったり。昨日も、ある人から君の顔にはいろんな感情が溢れ出ているよ、と言われた。見てわかる、と。

逆に、何を考えているのかさっぱりわからないと言われることもある。それはなぜかというと、僕が考えていることをほとんど相手に喋らないということもあるが、そもそもほとんどものを考えていないからだ。

考えていると思われることが多いが、そんなことはない。

 

かなりぼーっとしている時間が長い。考えようとして考えないと、ほとんど考えない。何か気がかりなことがあったり、考えなければいけない問題などがあれば、考えている時もあるが、常日頃から何かを考えて生きている人間ではない。ぼーっとしている時間は長い。

 

今までぼーっと生きてきたツケが今僕を襲っていたりする。この大学生活いろんなツケに常に襲われ続けているような気分を感じている。いろんなことが置き去りにされて、それを拾おうともせず、向こうからやってきるのを待っている。向こうからやってきたらやってきたで嫌な顔をしている。僕は今相当な岐路に立たされているのだ。

 

僕はそもそも考えることが好きなタイプではない。できることなら考えることなく、のんびり過ごしたいと思っているからだ。人はどうしても楽に楽に生きようとする。でも、それはできない。考えることを止めることはできない。考えずには生きられない。

 

僕は改めて自分をもっと知ることが必要だと考えている。そのためには自分で自分を探すことも大事だけど、他人が教えてくれたり、環境が教えてくれたりすることもあるから、それを求めないといけない。