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待てる人と待てない人、よく怒る人とあまり怒らない人

世の中には待てる人と待てない人、よく怒る人とあまり怒らない人がいる。

 

昨日の夜、打ち合わせということで待ち合わせをしていたんだけれど、時間がきても相手がやってこない。どうしたことか、連絡をしても返事がない。何か事故にでもあったんじゃないか、夜だから寝てしまっているのか、忘れているのか、今向かっている途中でスマホを見れていないか、とかいろんなことを考える。

結局30分待ってあきらめて帰ることにした。30分は待てる男だ。相手によっては、時間によっては、もっと待つことだってできると思う。家に着くと、返事があった。寝ていたとのことだった。丁寧に謝ってきた。

ここで、怒る人もいるかもしれないが、僕はそうではない。決して怒らない。

それじゃ相手のためになんないよ、とか、また同じように寝坊するよ、とかそんな言葉が聞こえてきた。確かにそれもあるかもしれない。

でも、僕は相手に怒ることで、自分が締め付けられるのが嫌いだ。遅刻してきた人に怒った僕がまた遅刻するかもしれないのだ。それの保険をかけているのだ。僕は自分で自分に保険をかけている。自分も遅刻をすることがある。だから、遅刻は良くあることだ、誰にでもあることだ、とおおらかに受け入れることができている。それはいけないことだろうか。

 

ただ、今回の場合は、連絡がないこと、理由が寝ていたということ、この二点だから少しどうなのかな?という気もしてきた。どうだろう。事前に連絡があれば、事前になんで遅れているのかわかれば、なんとか気持ちも落ち着く。また、理由が寝ていたのでなければ、自分によって制御できないもの(寝るのも自分によって制御できないのかもしれないが)であれば仕方なかったと割り切れる。こういうのはよくないよなぁと自分で自分を戒めるためにも相手には言わないでここで言っておく。

 

怒りはしない。僕は大学に入って怒りという感情を見せたことがないのではないか、と思う。もちろん今までの人生で怒ったことはある。しかし、怒るという感情が出るバロメーターの幅がかなり長いのだ。怒りのコップの容量は大きいと思う。怒りポイントは何と無くチャージするものの、それがマックスまで上がらない。コップに水がなかなかたまらない。どこかから漏れているのかもしれない。

いや、でもこの前お前怒っているように見えるって言われたことあったっけなぁ。それは、違うんだ。そういう時は怒ってないよ、多分。感情的に、言葉で表して怒ると言うことができない人間であるのかもしれない。

 

こういう遅刻の時、連絡なしや理由があかんという点で怒る以外にも、怒るポイントはいくつかあるだろう。自分の時間と他人の時間。他人の時間をなんだと思っているんだ!という怒り。それは少し思う。時間を本当に大切にしている人にとっては、待ち時間が、待つという行為が、とても頭にきてしまうものなのかもしれない。僕も時間を大切にしていないというわけではないのだけれど、待たされてもあまり頭にこない。逆に本読めてラッキー、ブログ書く時間とれた!みたいにハッピーになったりする。たまにまだ来るなよ、もっと遅れてもいいぞ、とか思ったりもするからね。待ち時間は自分の時間になる。打ち合わせの後に予定がなければ、に限った話かもしれないけど。

 

僕は滅多に怒らない。それは僕が適度に人と距離を取る人物であるからなのかもしれない。そういうところは自覚している。そして、あえて距離を取ろうと意識しているところもある。見せかけの近寄りだけが上手くなっていく。

よく怒りからは何も生まれない、とか言うけど、僕もそう考えているところがある。怒ってよかったことって今まであったかなぁと考えてみる。怒ると気持ち悪いんだ、気持ちが悪くなってきてしまうんだ、僕の場合は。

 

滅多に怒らないこと、特に予定がなければ時間を気にせず待てること、良いとか悪いとかそんなことは考えず、僕はそういう人間であったし、今もそうである。これからのことはわからない。僕が待てる人から待てない人へ、怒らない人から起こる人へ変わって行くかもしれない。それは到底わからない。些細なことで人は変わっていくし、変わらないこともある。

 

待てる人と待てない人、よく起こる人とあまり怒らない人がいる。どちらがいいのかという話ではなく、僕は今のところ待てる人であり、あまり怒らない人である。